近代における数字による涙の修辞

Title
近代における数字による涙の修辞
Other Titles
By the numbers rhetoric of tears in Kindai
Author(s)
나공수
Keywords
numbers、Tears of Modern、Tears of the literature、Rhetoric、Exaggeration; 数字; 近代の涙、涙の文學、修辞、誇張; numbers、Tears of Modern、Tears of the literature、Rhetoric、Exaggeration
Issue Date
201208
Publisher
한국일본근대학회
Citation
일본근대학연구, no.37, pp.7 - 32
Abstract
本稿では、色々な涙の表現のうち数字との組み合わせた表現を中心にして、近代にはどのような表現が用いられていたのかを考察した。数字「一」と少数を表す数字に関して言うと、主に副詞として用いられている「一杯の涙」や「一滴の涙」、「一零の涙」が代表的な例であった。また、数字「一」を用いるもののうち多用されないものとしては、「一点の涙」、「一涙」、「一粒の涙」、「一片の涙」、「一条の涙」があり、また「一双の涙」「一泓の涙」のようなとても珍しい表現もある。数字「一」を用いているもののなかには、「一掬の涙」「一升の涙」があり、「掬・升」によって夥しい量の涙になってしまう例もある。つまり、「一」を用いても十分に誇張表現ができるわけである。さらに、「一陣の涙」、「一時雨の涙」、「一村雨の涙」など、激しい涙の流し方の表現もある。数字「一」では足りないときには、「二・両・三」や「幾・数・多」などを利用していて、表現の多様さが見られた。数字が大きくなるとどうなるのかを見ると、「十」の例はなく「百」と関連した例も微々たるものであった。大部分が「千・万」に限られ、「千・万」の数字そのものは数えきれないほど多いという意味を持っている。「千・万」を伴う表現では「千行の涙」と「万斛の涙」という二つのタイプが主流である。「両行の涙」から見れば「千行の涙」ははるかに多く、「一升の涙」から見れば「万斛の涙」は甚だ多い。両タイプは慣用的な表現で、日常生活ではあり得ない文学的誇張表現の修辞である。「千行の涙」は日本で古い時代から用いられたものであるが、「万斛の涙」は明治期に用いられた新しい表現である。特に「万斛の涙」は、日本の代表的なおおげささの表現として人口に膾炙している。このように、涙を流すことの形容は単純ではなくかなり複雑で、綿密であることが分かった。本研究では、近世の読本資料を少々参考にしながら近代の涙を見てきたが、近世より多様で豊富な表現が見られた。今後の課題は、数字を伴う表現以外の「涙」の修辞はどのようであったのかを詳しく検討していきたい。
URI
http://hdl.handle.net/YU.REPOSITORY/27408
ISSN
1229-9456
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