近世․近代における「措大․窮措大」考

Title
近世․近代における「措大․窮措大」考
Author(s)
나공수
Keywords
中国語(Chinese spoken language); 漢字表記(Chinese Characte rs); 唐話学(Chinese study); 受容(Accept); 措大․窮措大(Sod ai․Kyuusodai); 中国語(Chinese spoken language); 漢字表記(Chinese Characte rs); 唐話学(Chinese study); 受容(Accept); 措大․窮措大(Sod ai․Kyuusodai)
Issue Date
201106
Publisher
한국일본어문학회
Citation
日本語文學, v.1, no.49, pp.1 - 24
Abstract
本稿では、日本の近世や近代における比較的低頻度の語と思われる「措大․窮措大」をめぐって考察した。「措大․窮措大」は、中国で主に詩や俗文学に用いられていた。日本においては、近世後期以後、「措大․窮措大」が本格的に用いられるジャンルは「繁昌記」である。近世後期から明治初期にかけて刊行された「繁昌記」に特に多く用いられているが、世相を批判した形の繁昌記であるだけに「貧乏」の様子が多く描かれている。その一断面として「措大․窮措大」が良き材料になったものと思われる。しかし、繁昌記では「措大․窮措大」の使い分けがあったらしく、「措大」はマイナスイメージとして描かれ、「窮措大」は他人に対しては「卑しめ」、自分に対しては「謙遜」のイメージが強かった。近代(主に明治期の文学)の普通の文学作品では、「措大․窮措大」が繁昌記の「窮措大」の例と同様、一般的に「卑しめ․惨めさ」を表わす場面が多いが、自分に対しては「謙遜」の意味で用いられている場合もあった。「措大․窮措大」と殆んど同じような「貧〜․寒〜」を語基とする語も多数ある。このように、「貧〜․寒〜」を語基とする語が多く用いられていたにも関わらず、難解な漢語である「措大․窮措大」も用いられていたことは何を意味するのだろうか。それだけ、近世や近代の文人は中国俗文学に関心を寄せていたということであり、造詣も深かったことを意味しているのである。それにより、近世や近代の文人は中国俗文学に見られる言葉にも執着し、自分の文学における言語世界に反映させたものと思われる。日本の近世や近代に中国俗語が用いられていたことは、表記の面から見ても、漢字使用の世界を多様化してくれた要因であったわけである。
URI
http://hdl.handle.net/YU.REPOSITORY/24923
ISSN
1226-0576
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